ハイキング。ここで写真を撮れと命じられて撮った。
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ダウン症=知的障害があるって我が子を見ててずっと思ってきたけど、

そうとは限らないですよと言われて、ハッてなりました。

 

確かに、知的障害がない人もいるかもしれない。

大学行ってる人もいるよって聞く。

でも、そういうのって「特例」じゃないの?と思ってた。

 

実際少ない例ではあるわけだし。

 

うーんと思って。

 

『知的障害』の概念自体がいろんな見方を持ってるんじゃないかなと。

 

一つの例としては、困り度の基準。

その国、その時代で、大多数が暮らす社会で生きるために、困ってることの原因が知的なものなら『障害』

とも言える。

 

その場合は、困ってることがなくなったら障害がなくなったと言えちゃう。

 

 

知能指数を基準にすれば、

みんなでテストしたときに大多数が100点取れるような問題を作ったとき、

70点以下だった人を『障害』とする。

とも言える。

 

その場合は、問題の尺度が変わったときに障害がなくなる。

そして別の人が障害のある人になる。

 

極論、一人ぼっちで暮らしてたら比較対象がないから障害がない。

 

理論上はそういうこと。

 

私は独身で仕事を一生懸命してたとき(いや今も一生懸命ですけど)、主婦になったらインテリア雑誌に出てるみたいな家にするんだと思ってた。

でも出産で仕事を辞めた後も、そういうふうにできませんでした。

あれ、おかしいなぁと思ったもんです。

時間がないからできないと思ってたんだけど、時間があろうがなかろうが、できんのです。

 

そういう意味で、お片付け指数がある場合、私はお片付け障害です。

きっと70%もできてないと思うなぁ。

でも生活に困ってないから、障害じゃないかもしれない。

 

知的障害も、うちのアッキーは家にいる間はそんなに困ってないから障害じゃない。

家族だと、いつも一緒にいるから、以心伝心になっちゃうってところもあるからね。

 

家族じゃない人とも、本人が困らない状況になったら、障害はなくなるというわけ。

そしてそれを目指すときに必要なのが、適切な支援

そのために行われるのが合理的配慮。←これは予算の許す限りでという意味も含まれる。

 

当たり前のことなのかもしれないけど、考えの整理として。

 

私は今、そういうのを大学で勉強してるんだけど、先生とか人の意見が聞けるのって、とても楽しい。

大人になってから再び勉強するっていうのは、自分が持っていた知識や常識と思ってたことを、ぶっ壊すことなんだなと思う。

ぶっ壊して、わーーん、わからん!ってなって、また纏め直す作業。

それが勉強なんだなと、最近はよく思う。

 

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知的障害児にも高校後の学びを、というのを探してて、一つの解決策なんじゃないかなと思ったのが、自立訓練と就労移行支援を使った「学び」の環境でした。

 

理想を言えば、障害があっても勉強したいってときに自分のお金で学びなおしができるってのがありますが、まぁ今の制度内でできちゃうのはコレです。

 

ただし原則、自立訓練も就労移行も生涯に一回だけというのと、障害があるからほぼ無料で行けていいのかというところは議論が残るところなのかなとは思います。

(世の中には処々の事情で義務教育後、あるいは高校卒業後に勉強できない子たちがいて、そういった子にもチャンスはあるべきだと思います)

 

でもうちの子の現状の選択しとして、資料請求と見学をしてみました。

 

知的障害のあるわが子の高校選択も、選択肢が少なすぎると思いつつ、専修学校、通信制高校2種、共生推進教室(高等支援学校と普通高校で学べる)といろいろ見学してきました。

そしていい取り組みもたくさん見て、世の中捨てたもんじゃないなと楽しくなりました。

 

で、今回、高校卒業後の進路選択の一つとして、スクールきると梅田校さんへ見学に。

高校2年ぐらいで実習という形の体験授業を受けることができて、高3になったらがっつり実習(という名の短期授業体験)をして、一応筆記試験と面談で決まるそうです。

 

自分たちで計画する旅行や、それぞれ専門の先生が来てくれるクラブ活動、それから普段の時間割なんかも見せてもらいました。

個人で作った目標は、遅刻しないようにするって感じのものから、運転免許を取る、計算検定頑張る的なのまでさまざま。

設立の趣旨とか、自分がずっと思ってたこととピッタリだったので、ただただもっと増やしてくれーと思いながら見学しました。

(実際、そういう声が上がっててまた増えるらしい)

 

元々はリサイクルの会社なので、そこで働いている方々がもうちょっと教育受けられたら、働くときにも能力発揮できるのになぁというのが始まりです。

 

自立支援が2年、就労移行が2年。合計4年で卒業となります。

たまに年齢が違う方も来られるそうですが、多くは高卒後の入学。

ほんとに生活する力を育むって感じでした。

そして就労後は就労継続支援でフォローしてくれる。

 

帰り道。

 

障害のある子の親はたいていそうですが、自分が一生面倒見られないのわかってんので心配するんですよね。

日本では福祉サービスちゃんと使うと全然生きてけるんですが、そうなったらいわゆるベーシックインカム的な感じで、働くって何だろうと私は頭がバグっちゃいまして。

 

高卒後にふわっと働くもよし、きっちり働くって意味を知ってから就労するもよし、ぶっちゃけ彼らは働かなくても生きてけるなら、楽しいことしたらいいんじゃね?とも思い…

 

ぐるぐるして、同じダウン症児のママさんに「なんか、はたらくってわからんくなった」って言ったら、

「いや、この子らだって人に『ありがとう』って言われたら嬉しいし」って言われて、ほんまやとぐるぐるから脱出しました。

 

そうやな。

賃金とか障害年金とか福祉サービスとか税金とかだけじゃなく、他の人の役に立てる=嬉しい=働くってことやんなと原点回帰。

 

ダウン症児の癒しパワーを、マネタイズできへんかな、とまた奇妙な方向に思考は走るのでした(^^)

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うちのダウン症児、アッキーがすくすく育ってる頃、うちの子はきっと納税者になるぜと思っていました。

なんか、根拠は全然なかったんですけども、そんな気がしてた。

 

まだ就職や働くことについて、あんまり具体的に見えてなかった分、すごい未来に期待してたとこもあり。

テクノロジーが進むと、人は働かなくてよくなって、楽しいことをするために時間を費やすとなると、ダウン症の人たちって幸せに生きる天才が多いから、その生き方自体が魅力になるんじゃない?とか。

 

そうじゃなくても、人は癒やしを求める方向に進むだろうから、お店に一人、ダウン症の人いたら来客の癒やし担当になれんじゃない?とか。

 

まぁまぁ、でもそう未来はすぐ進まんよね。

 

四年後、うちの子が高校卒業する頃にそうなってると思えませんわ。

2025年の大阪万博でダウン症の人がブースに一人ずついる未来も見えません(笑)

 

で、同時に思ってたこと。

うちの子はゆっくり育ちますよと生まれたての頃に言われたのに、なんで十八で就職なんだ?と。

人の倍かかるって話なのに変だなぁと。

義務教育もホントは二十歳ぐらいまでやってほしいなと。

 

でも障害のある子が高校卒業後にも勉強できる環境がとても少ないんだよね。

一応就労移行支援ってのが二年間あって、それが就職のための準備学校みたいな位置づけだけども。

なんか違う。

 

そう思ってたときに、知的障害のある子も、高校卒業後に継続した学びを、という考え方があるのを知り、これやん!と思ったのです。

何年か前に、就労移行などの福祉サービスの仕組みを使って、障害のある人の大学としてやってるところがあるってのは、報道で見たことがありました。

ただ、その時は遠くて、うちの子もまだ小さくて現実味がなかったのです。

 

今回、福岡のゆたかカレッジさんの本を読んで、

関西には他にも似たようなのがいくつかあると知り、ほんじゃぁ!と大阪にあるスクール型の就労支援施設を、勢いで見学してきました。

中学3年生の保護者が来るのは珍しい、と言われつつ(笑)

その感想は次回。

 

●私が最近読んだ、ゆたかカレッジの本。

横浜にカレッジを誘致した、まさみさんは尊敬する先輩ママの一人♪

ゆたかカレッジの方が各国の教育環境を視察した本もあるので、読んでみたい!

 

 

 

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私は不勉強で知らなかったんですが、ダウン症で知的障害のある人(まわりくどいけど、正確に言うとこう)には、しばしば「次の行動に移れなくて固まってしまう」があるそうです。

あるそうです、というか、うちのアッキーさんもそうでした。

 

いや現在進行形でそうです(^^)

 

でも知らなくて良かったなー。

「あるある」だと思ってたら、絶対解決するぞーって気持ちが薄れていたかも。

 

なので、我が子に障害があると知っていろいろ検索している保護者の皆さん、

検索が悪いとは言いません。私もいろいろ検索してる。

ただ、「えーほんまに?」という気持ちは持ち続けていただきたい。

「うちの子に限って」って大事(笑)

 

親ばかも大事。

実際、私はアッキーは染色体が1本少なかったら、世紀に残る大天才になったと信じているので、あー危なかった、良かった、有名人の親にならなくて、と思ってるところです。

 

 

で、固まってしまう問題です。

 

私も完全に解決してないので、いろいろ試行錯誤してる最中なので偉そうなことは言えません。

最近見つけたのは、「見通しをつける」です。

 

私もそれはわかってたので、以前からやってたんですが、ある時、ハッと気づきました。

 

もっとミリ単位で伝えなきゃいけないんじゃない?

言葉で言ってもあんまりわかんないくせに「うん、わかった」て言う子なんだから、絵や映像で見せないといけなかったんじゃないの?

何なら緻密に予行演習しなくちゃいけなかったんでは?

 

気づいたのはアッキー14歳の夏です。(つい最近)

遅い! 15歳の夏じゃなくて良かった!

 

今回は二泊三日の修学旅行でホームステイがあったので、そのおうちでご迷惑をかけないよう、そして忙しい修学旅行でサクサク動けるよう、直前にオンライン修学旅行を個人的に開催。

 

ラフティング→ホームステイ→ホテル→レオマワールド→倉敷

というルートは何度も聞いてるので知ってるようでしたが、

 

ラフティングは初期に写真を見ただけだったので、いろんな種類の写真と動画を見せ、

ホームステイ先の地域でやってる過去の様子を検索して説明し、

ホテルは平均的な中学生より慣れてるので大丈夫(笑)

レオマワールドは園内マップ見て、アトラクション見て。

倉敷は実家に帰省するときに何度か行ってるので、写真で復習。

 

ホームステイ先のご家族構成も聞いてたので、ご挨拶も練習しました。

 

で、ラフティングは天候で水族館に変わったけど、全般的に問題なく進めたみたい。

心配してたホームステイもバッチリ。

 

今回心がけたのは、このときにはこうするんだよ、という指示を伝えたんじゃなく、ここではこんな景色があり、こういう体験をするよと、本人が自分が体験するであろうことを予想できるようにしたこと。

 

今までこの視点が欠けてたなぁと反省しきり。

 

次に固まってしまう問題が出たら、VR体験させるつもりで、本人がデジャビュ感じるぐらいの勢いで、見通しをつけさせてあげたいと思います。

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@琵琶湖湖畔。

 

インクルーシブ教育ってよく聞くようになりました。

 

この言葉、障害のある子どもたちだけのための言葉じゃないってご存じでした?

私は知りませんでした。

 

ちょっと周りを見てみたり、自分を振り返ってみると、やっぱ人って凸凹してて、得意不得意あるよねぇ。

他の人にとっては簡単でも自分には大変ってことも、ある。

なんだか助けが必要な場合は、支援側の無理じゃない範囲で、その子に合わせたやり方を考えてみよう。

障害があるとかないとか、なしで。

ちょっと多めのお助けが必要な場合でも、面倒だからって教育を諦めちゃわないでね。

ちゃんとその子に合わせた教育がきっちり受けられる環境が一番いいんだからね。

って感じ。

 

※ってのは私のフランクな口語訳なので、インクルーシブの概念の詳細は、ユネスコのサマランカ声明や、文部科学省の報告をご確認くださいね。

 

で、問題によくなってるのが、障害のある子が支援学校に行くか否か的な。

重い障害のある子は通常学校行っても、授業についてけないので、インクルーシブは反対だ、的な。

 

じゃ、選ばせんなよって保護者は半ギレしちゃう(笑)

確かに学校は勉強するところだから、ちゃんと教育は受けさせたいと、どの保護者も思っとるんですよ(力説)

何を学ぶかを選ばされてるってのが正しいんじゃないかな。

 

うちのダウン症児アッキーも小学校、中学校と地域の通常学校に進み、高校は支援学校かなと想定中ですが、そりゃ悩みましたよ。

どっちでも彼は楽しく通うと思うと、なおさら悩む。

 

アッキーの場合、知的年齢が実年齢の半分ぐらいと言われてるので、中学3年生の今でも7歳から8歳ぐらい。

それにしちゃ、ちょっと生意気じゃないですかい?というぐらい、生活年齢は上なんですけどね。

 

実は、悩み悩んで決めた後も、保護者は迷ってます。

あっちを選んだ方が良かったんではと思うこともしばしば。

私は性格的にあんまり悩まないけど、決めてから実際通いだすまでのロスタイムには、まだ迷いが残ってました。

先輩ママさんたちには「大丈夫よー」と言われてても。

だから優しくしてください(笑)

 

うちの場合、義務教育の間は、学校の役割を「地域の子どもたちとの関係を作り、助けてくれる相手を作り、いずれ揉まれるであろう社会を疑似体験するところ」と思っていました。

勉強はもちろんやってもらうし、理想を言えば支援学級以外の授業も、もうちょい工夫すればできることがあったんでは?と思うけども、それは最初に書いたように「現場での無理がない範囲で」ってのが条件に入ってくるため、まだ準備中なんだと受け入れました。(微力ながら自分で教材作ってみたりしましたけどね)

 

つまり学校に何を求めるかなんだろうなと思います。

同じ年代の子があんなに集まることって、学校時代以外にはありません。

だからこそ、クラブが盛り上がり、同窓会がある。

そこにはデメリットもあって、成長差を許容できない。

 

将来、年齢制限が撤廃されたら、うちの子なんて小学校を12年やって、教育終わるってパターンも選びたかったなと思うのです。

 

これからどんどん変わっていくとは思いますが、今はざっくり二択を迫られてるわけですよね。

地元にあんまり知り合いいないけど、その子にあった勉強できるか。

地元に知り合いがいっぱいいるけど、勉強はけっこうおいてけぼりか。

 

小学生ぐらいのときって、やっぱり地元に友だちほしいですもん。

そのままみんな中学校入ると、うちの子も、って。

ただ勉強の支援は半分ぐらい(もっと少ないことも)しか叶えられないと覚悟して。

 

もしくは勉強難しくなるから、お友だちとは別れましょうと。

お子さんが納得できないパターンもあって、保護者は悩んでしまうんですよ(再度、力説)

最後は覚悟。諦めとも取れる。

 

これからは諦めなくてもいい時代になるのかも。

先端技術をフルに使って、毎日地元の小学校に顔を出して、支援学校で勉強はするみたいなこととか。

バスで地元に戻ってきて、部活動は地元中学でやるとか合同チームあるとか。

外国語学校の子なんかも一緒にできそう。

 

楽しそう。

いいなぁ、未来の子どもたち。

 

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【前置き】

通信制大学で学んだ一般論です。私は先生でも何でもないのであしからず。間違ってたらごめんね。

ダウン症児の保護者として、今までぼんやりしてわかってんだか、わかってないんだか…を勉強したくて大学生に。

 

ーーーー

 

個別支援計画は、もともと福祉の現場にあって、それを教育の場面でも取り入れたのが、個別の教育支援計画、個別指導計画。

参考サイト「個別の教育支援計画」について(文部科学省)

 

まぁまぁ、考えたらわかるけど、小中学校は義務教育で、9時から15時と考えても、6時間いるわけです。

子どもの生活にとって1/3ぐらいを占めてるんですよね。学校生活。

 

最近はインクルージョン教育がうたわれ、多様性が叫ばれ、学校の先生も大変と言われ…。

いや、でも誰でも自分に合った教育受けたいでしょ? でしょ?

というのが主流になりつつあります。

 

一般の地域の通常の学校にも、個別支援計画作るのおすすめします、というのが文部科学省から出てるそうです。

平成19年なので、2007年。

特別支援学校と、特別支援学級では作成が義務です。

 

うち…特別支援学級だけど作ってんのかな?

作ってるけど共有されてない。あるいは作ってない。かもしれない。

そんなとこ、多いんじゃないでしょうか?

かくいう私も中学校で見たことあったっけ?というイメージです。

 

そして希望すれば普通学級でも作ってもらえるとは。

発達障害や学習障害のお子さんに向けてという雰囲気ではありますが、時代は変わってきましたねぇ。

 

その書式に決まりはありません

普段の生活の聞き取りと、これからどこを進めていきたいかの希望(本人と保護者)、それから支援の長期計画、短期計画を書くぐらいですかね。

他は、詳細の個人の情報とか、支援する側の意見的なのとか。

 

私も何度も作ってもらったことありますが、私の性格的なものかもしれませんが、意外とすぐには思いつかないんです。

例に出されるのは「○年生の漢字を今年中に」とか、「掛け算を覚えてほしい」とかです。

もちろん「遅刻しないように行きたい」とか「服を自分で着替えられる」とかでも可。

個別支援計画を作りますよ、と言われたら、そういう目標的なものを考えておいてもいいですね。

 

うちは中3にして、やっといわゆる学校の勉強の素地ができてきたので、

高校生から勉強を頑張ってもらおうと思っています。

今までは、勉強するってどういうこと?を学んでいた気がするなぁ。

板書をとる練習(視線移動の練習)、宿題をやる練習(期限を守る練習)、というような。

だから「(彼ができる)宿題を出してください」とか「自信をつけさせてください(褒めて)」とか言ってきました。

 

障害のあるお子さんを育てるとき、いろんな法律やルールは武器になるんだけど、

お役所の通達とかは難しい言葉で書いてることが多くて、読む気になれませんよねぇ。

そんで、専門家の学校の先生とかいたらいいんだけど、通常学級ではそこまでたどりつけないしね。

 

保護者がほしい情報が、易しくすぐ手に届く(住んでる地域に関わらず)てのが、普通になるといいねぇ。

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特別支援教育について、講義を受けたので、自立活動というものがちょっとわかりました。

あくまでも、これは文部科学省とかが決めてるものがベースで、各学校で違うことも多いと思うけど、特別支援学校の教育課程の考え方をふわっと理解しました。

 

ただ、私は特別支援学校の先生でも何でもないので、現場の事情はわかりません。

また、うちの子はダウン症候群なので、知的障害児の場合を取り上げてます。

 

特別支援学校の学校説明会に行くと、授業内容や時間割に「自立活動」というものが入っています。

私はなんだこりゃ?と思ったのですが、説明会でもあまり説明はなく、支援学校のお友達に聞いても「朝の会のことかなぁ? よくわからん」という答えだったので、疑問が募るばかりでした。

 

それで近々、支援学校高等部への入学を考えるにあたり、教育相談(面接みたいなの)を受けるんですが、そのとき聞いてみようと思っていました。

 

が、ちょうど特別支援教育の講義を受けたので、そこでざっくりと。

 

特別支援学校の教育課程では国語や数学(算数)といった教科学習、道徳、特別活動、「総合的な学習」「自立活動」となっています。

その中でも「自立活動」の時間はとても大きく取ってあって、全部の半分近くを占めています。

なのに、何するのかよくわかんない…ってどういうこと?と思ってました。

 

この時間のざっくりした目標は「その子の持つ障害(困ったこと)を軽減する、あるいは克服する」ことを目標にしていると考えたら、納得がいくかもしれません。

以下の6つの目標があります。もっと細かく27項目ありますが、今回は例のみで。

 

1)健康の保持(生活リズム含む)

2)心理的安定(変化への対応など)

3)人間関係の形成(他者の感情理解、集団参加など)

4)環境の把握(感覚、認知特性など)

5)身体の動き(姿勢や作業に関すること、日常生活に必要な動き)

6)コミュニケーション(言語も含む)

 

この時間が一時間目の朝の会であっても、その日の最後の終わりの会であっても、小学校とかでいう学活的な時間であっても共通して、その子の目標に向けた促しがされるということらしいです。

 

うちはまだ特別支援学校に入ってないので、どういう先生からの働きかけがあり、子どもたちがどういう成長を見せるのかまったくわかりませんが、うちの場合だとシャイ過ぎて自分の意見を言うことができないので、そういう練習させてくれるんならいいなぁとか思います。

病気のお子さんなら自分のお薬管理ができるとかも含まれます。

 

それぞれ課題とか目標が違うので、個別の指導計画をつくることになります。

それに従って指導が進められるというわけです。

 

個別対応しなきゃならない先生も大変ですが、親じゃ全然いうこと聞かないことってあるのでね。

学校で教えてもらうと、すっと入ったりしますからね。

ということで、個別指導計画が大切ということです。

 

個別指導計画については、次の機会に。

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野の花♡LOVE

 

うちのアッキー中学3年生はダウン症です。

彼らが生まれたとき、小児科とか障害を判定してくれる遺伝子外来とかで言われるのは、「ゆっくり育ちますが、普通に子育てしてください」ということ。

私は素直に「はい!」と子育てしてきました。

 

発達障害の方とかは何て言われるんでしょう?

3歳児検診なんかで後からわかることが多いのと、ダウン症みたいに証拠がないので、また違う苦悩があるのではと思います。

ダウン症の場合、染色体の写真を見るのでね。ほら、これがあなたのお子さんの染色体っす、普通2本のところ、3本でしょ?って。

はぁ、ほんとですねぇ。という具合に、証拠を突きつけられた犯人よろしく、認めてしまうのです。

 

ところで、普通ってなんでしょう。と考えると深くなるので割愛して。

私は、時間軸はみんなより遅いけれども(=ゆっくり育ちますが)、成長曲線は変わらないので定型発達(賢げ!)のお子さんと同じように(=普通に)子育てすればいい、と理解しました。

 

定型発達に対すると、うちの子は不定形発達です(笑)

遺伝子的に言うと奇形です(笑)

この辺の言葉遊びは置いといて。

 

子育てのゴールは自立ですよね。

親の手を離れること。

てなると、自分で何でもできる子にしないと!と障害を持つお子さんの保護者は思うわけです。

頑張っちゃうわけです。

で、できないこともたくさん宿題になってる、お子さんの保護者は、ついつい思いつめてしまうわけです。

 

が、このまえ通信制大学の授業を受けてたときに、とってもいい言葉を聞いたので。

 

自立とは、依存先を増やすこと

 

そりゃね、悪い依存は駄目ですよ。そもそも、それだと「増え」ないよね。

た〜くさんの人や制度の助けを得て、生きていくこと。

それが自立なんだそうだ。私たちもそう。人によって依存方向が違うだけで、いろんなものに依存してるはず。

 

拒否する力、お願いする力は生きていく上で、とっても重要ってのはわかっていたけども、

お願いする相手、増やしちゃっていいんだ!と嬉しくなりました。

 

彼らのできることはもちろん増やしつつ、お助けされる相手も増やす。

これが自立なんだと思えば、子育てに悩んでいる方もちょっとは楽になるんじゃないかなぁ?

 

 

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(写真はイメージだよ)

 

学校は勉強するところだし、同年代の友だちと交流する場でもある。

と仮定したとき、ダウン症児アッキーにぴったりの学校がなかなか難しいなぁと思う。

 

小学校はほぼ迷わず、地域の小学校へ。

中学校はかなり迷って、地域の中学校へ。

 

中学校は、勉強も難しくなるし、みんな不安定になるからいじめも心配。

ダウン症児アッキーは、小さくてかわいい(親バカ)から、いじめられちゃうんじゃないかしら…

なんて。

 

まぁでも杞憂でした。

 

とはいえ、学習面ではどうしても、もうちょいできないかと思うところは多かったです。

社会も理科も音楽も、プリント写してるだけって感じだったし、中には覚えてることもあって、「お!」と思うこともあったけど、それも字や理屈がわかってこそ。

なんかもうちょい工夫できたら、もうちょい出来るんじゃないかと、「あとちょっと」気分が抜けませんでした。

 

部活も、姉を慕って美術部に入ったものの、あんまり彼自身が意欲的にやった作品てのもないわけで。

みんなで作る看板とかはペンキ塗って楽しかったみたいですけどね。

 

で、高校に進学するにあたり、どうしようかと迷うわけです。

高校がそもそも必要?とも思ったり。

高校進学率が98.8%という状況で、高校ではないにしろ、高校みたいなところには行きたいよねと思ったり。

そもそも、小学校卒業時に、小学校をもう6年やり直したら、きっと彼はもっと賢くなれると信じていた(今も信じてる)母なので、中学校が3年だったらから、あと3年は学ばせたい気持ちもあり。

 

ではどういう形があるのか。

支援学校の高等部というのが一番順当な形。

次に、頑張って普通高校の特別支援教室(その類型も含む)。

あとはフリースクール、児童発達支援施設(東京には高校の代わりしてるところもある)。

支援学校職業科というのもあるけど、まだ彼を働かす気はないので、あんま考えてない。

 

ぶっちゃけ、ゆっくり育ちます、って生まれた時に言われたのに、なんで18で働かさなあかんのかわからん。

もちろん本人が働きたいなーって言ったら別ですが、国語やりたいって言ってるんでね。

 

アッキー本人は勉強が好き。一番好きなのは「国語」と言う。

そうなると、支援学校の授業は少し物足りない。選択授業で「国語」が選べたらいいのにねぇ。

でも、普通高校の支援教室は、支援教室の授業はいいとしても、普通の授業で置いてけぼりになる。

 

そうやって悩んでたら、まわりが言うのですよ。

「もう、学校、つくっちゃえ」

 

ほんまやな。

作ろかな。

そういえば昔は「学校つくりたい」って自分で言ってた。

 

アッキーの高校進学には間に合わないけど、大学進学には間に合うかなぁ?(笑)

日本初の特別支援大学、生徒一人、みたいな。

収益…(笑)

 

そういうこと考えてるから、教育と福祉を学ぼうとしてるのかもしれんと気づいたのでした。

あとマーケティングも勉強せなあかん。

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我が家にはダウン症候群の中学3年生の長男アッキーさんがいます。

で、私は彼によって新しい世界を開いてもらったもんで、これはチャンスってことで、福祉の世界(の一部)をのぞいて、面白いと同時にまだ問題もいろいろあるんだなぁと思っておりました。

 

で、障害児(者)福祉って、これからもっと良くなっていく可能性があるんじゃない?と

大学に行ってみよかなーと思ったとき、こりゃ福祉やらんとなと思ったんです。

 

でも私の好奇心は支離滅裂にあるもので、福祉だけじゃなくていろいろ勉強したいなと思ってました。

それでも、もちろん主な専攻としては「福祉」と堂々宣言して入学申告書にも書きました。

胸を張って。

 

しかしいざ履修登録してみようと思って、これと、あれと…とチェックしてたら

あれ、私は「教育」分野ばかり選択してないか?

あんなに堂々と「福祉」って書いたのに。

 

うーむ。

 

大学側はそんなことどうでもいいので、問題ありませんが、自分自身のことって意外とわからんなというのが今回の学びです(笑)

私はてっきり福祉を学びたくて編入したと思ったのに、教育だったとは。

もちろん福祉領域のものも含まれてるから間違いとは言えないけど。

 

私にとって福祉ってのは「障害児者」対象しか頭になかったんですが、ほんとはもっと広い(当たり前)。

高齢者介護の問題とか、貧困とか、虐待とか。

 

教育っていうと、学校で教える先生になるってのがメインです。

そして私は先生を目指してない。

 

というか、障害のある子どもたちの生活って、福祉と教育の混じり合ったところにあるよね。

私は基本的には、障害のある子どもたちの生活クオリティを上げたいって気持ちがあるので、間違ってないはず。

 

最初に思いこんでたことと、自分がやってることが違う。

まぁ、そういうこともあります。

 

ひとまず、私は福祉と教育のあいだで、うろうろしながら、ダウン症の子どもたちの(ことしか知らないので)生活クオリティをあげる何かを見つけたいと思います。

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