ハイキング。ここで写真を撮れと命じられて撮った。
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ダウン症=知的障害があるって我が子を見ててずっと思ってきたけど、

そうとは限らないですよと言われて、ハッてなりました。

 

確かに、知的障害がない人もいるかもしれない。

大学行ってる人もいるよって聞く。

でも、そういうのって「特例」じゃないの?と思ってた。

 

実際少ない例ではあるわけだし。

 

うーんと思って。

 

『知的障害』の概念自体がいろんな見方を持ってるんじゃないかなと。

 

一つの例としては、困り度の基準。

その国、その時代で、大多数が暮らす社会で生きるために、困ってることの原因が知的なものなら『障害』

とも言える。

 

その場合は、困ってることがなくなったら障害がなくなったと言えちゃう。

 

 

知能指数を基準にすれば、

みんなでテストしたときに大多数が100点取れるような問題を作ったとき、

70点以下だった人を『障害』とする。

とも言える。

 

その場合は、問題の尺度が変わったときに障害がなくなる。

そして別の人が障害のある人になる。

 

極論、一人ぼっちで暮らしてたら比較対象がないから障害がない。

 

理論上はそういうこと。

 

私は独身で仕事を一生懸命してたとき(いや今も一生懸命ですけど)、主婦になったらインテリア雑誌に出てるみたいな家にするんだと思ってた。

でも出産で仕事を辞めた後も、そういうふうにできませんでした。

あれ、おかしいなぁと思ったもんです。

時間がないからできないと思ってたんだけど、時間があろうがなかろうが、できんのです。

 

そういう意味で、お片付け指数がある場合、私はお片付け障害です。

きっと70%もできてないと思うなぁ。

でも生活に困ってないから、障害じゃないかもしれない。

 

知的障害も、うちのアッキーは家にいる間はそんなに困ってないから障害じゃない。

家族だと、いつも一緒にいるから、以心伝心になっちゃうってところもあるからね。

 

家族じゃない人とも、本人が困らない状況になったら、障害はなくなるというわけ。

そしてそれを目指すときに必要なのが、適切な支援

そのために行われるのが合理的配慮。←これは予算の許す限りでという意味も含まれる。

 

当たり前のことなのかもしれないけど、考えの整理として。

 

私は今、そういうのを大学で勉強してるんだけど、先生とか人の意見が聞けるのって、とても楽しい。

大人になってから再び勉強するっていうのは、自分が持っていた知識や常識と思ってたことを、ぶっ壊すことなんだなと思う。

ぶっ壊して、わーーん、わからん!ってなって、また纏め直す作業。

それが勉強なんだなと、最近はよく思う。

 

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